『トライアングルストラテジー』の「HD-2D」を解き明かすドット絵インタビュー
苦悩と選択のタクティクスRPG『トライアングルストラテジー』の一周年を記念し、ドット絵インタビューを掲載します。
目次
最先端のドット絵表現「HD-2D」におけるドットの扱い
『トライアングルストラテジー』のグラフィック表現は、ドットと3Dを融合させてドット絵をさらに美しく進化させた「HD-2D」を駆使して作られています。
そんなHD-2Dとその元となるドット絵に迫るべく、本作のドット絵全般を担当したピクセルアーティスト森本志津佳さんにお話をうかがいました。
※本インタビューは、ニンテンドードリーム2022年6月号に掲載された内容を一部修正したものです。
森本志津佳さん
株式会社スクウェア・エニックス所属のピクセルアーティスト。
『トライアングルストラテジー』では キャラクターのドット絵全般に加え、ドットアニメーションの監修も担当しています。
ドット絵を描くきっかけ
デザイナーとして初めてゲーム業界に入った時の業務がドット絵だったのがきっかけです。その流れでソーシャルゲームや『オクトパストラベラー』に携わっていきました。それ以降はドット絵をメインで担当しています。
好きなドット絵作品
『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』(SFC)
『ファイナルファンタジーⅥ』(SFC)
『ロマンシング サガ3』(SFC)
『ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…』(SFC)
使用しているソフトウェア
Adobe Photoshop
ドット絵歴
8年
ドット絵単品での見栄えも良くあってほしい
—— 本作のグラフィックの中で、ドットを打つことで描いているのはどの範囲なのでしょうか?
森本 キャラクターはすべてドットで描いています。
背景類は本作の開発を担っているゲーム開発会社「アートディンク」さんに作成していただいており、3Dのポリゴンに貼り付けるテクスチャ類もドットで描かれています。
また、ゲーム内でドット絵にかけるエフェクト処理などのHD-2D表現も同じくアートディンクさんの担当で、素敵な表現に仕上げていただけました。
—— 3Dに乗せるドットのキャラは、通常のドット絵と描き方は異なりますか?
森本 大きくは変わらないんですけど、衣装とかパーツに白色の多いキャラクターは少し注意が必要です。
白っていうのは色の中でも一番明るい色なので、そこにライティング(光)のエフェクトが強めにかかってしまうと、そこだけすごく目立ってしまうんですね。
なので、真っ白ではなく少しだけグレーを使ったり、少し他の色が混じった白っぽい色を使うようにして、悪目立ちしないように気をつけています。
例えば、ゲームの後半に真っ白な糸が登場するシーンがあるのですが、その糸もエフェクトでグラデーションをかけてぼかして色を抑えています。
—— 白の扱いが難しそうですね。
森本 本作のように3Dに乗せるとなると、ドット絵にもライティングによる陰影が入るので、白色は余計に際立ってしまうんです。
いろんなキャラクターが同じ画面上に登場する作品なので、1人のキャラクターが目立ちすぎることがないように調整を重ねました。
—— エフェクトでも影をつけられると思いますが、元のキャラにも影をつけているのでしょうか?
森本 もちろん、元のドットにも影はつけています。
実際のゲーム内でのライティングやエフェクトの見え方を想定して描きつつ、ゲーム上で確認しておかしいところがあったら調整する、という形で進めていました。
—— HD-2D用の描き方というのがありそうですね。
森本 エフェクトのかかったHD-2Dでの見え方だけでなく、ドット絵単品で見た時の見栄えも良くあってほしいので、普通のドット絵と大きな差はないと思います。
—— 色使いについてはいかがですか?
森本 色について具体的なルールづけはしていないのですが、本作は『オクトパストラベラー』同様大人っぽい世界観なので彩度の強すぎる色は使わないようにしていました。
たとえば暗い部分には真っ黒で闇のような黒色ではなく、ほぼ黒寄りのグレーを用い、それより暗くなるような色は使わないようにしています。
また、すごく細かな話になりますが、キャラクターを縁取るアウトラインの一番暗い色は真っ黒ではなく、RGB(※)すべての値が24の黒を使用しています。
※RGBとは主にディスプレイで使用される色の表現法のこと。R(Red)、G(Green)、B(Blue)の3色を混ぜ合わせて他の色を再現する方法で、例えば真っ黒はR:0 / G:0 / B:0、真っ白はR:255 / G:255 / B:255で表現します。
—— 本作は視点変更ができますが、ドット絵への影響は?
森本 開発当初からカメラが一回転するという話はありました。なので、最初に衣装を着せていないキャラクターを8方向分描き、Photoshop上でグルグル回して確認して違和感が出ないように調整しました。
クォータービューは差分によって角度が違うとか、体に歪みが出ると違和感が出やすいので、そこはとくに気をつけていましたね。
実は、スケジュールや工数の都合で8方向のグラフィックを描いたのはセレノア・ロラン・フレデリカ・ベネディクトの4人だけなんです。
登場人物の多さとクラスアップ・武器の強化との組み合わせで途方もない数に
—— 登場人物の多い作品ですが、ドット的に工夫をこらしたキャラは?
森本 こういった質問は毎回迷うんですよね…(笑)。
選べないというのが正直なところですが、体験版のときにかっこいいシーンの出るマクスウェルとアヴローラですかね。あのシーンはやっぱりかっこよく見せたいというのがあって、特にマクスウェルは細部のパーツまでこだわって描いた記憶があります。
—— 仮面の有無で2種類ありました。
森本 最初に仮面のない状態を描いて、その上に仮面を乗っけた、という感じです。実はロランが装着している仮面もグラフィック的にまったく同じものなんですよ。
—— クラスアップ・武器の強化などでグラフィックも変わりますね。
森本 本当は全キャラの衣装が色だけでなく衣装自体も変わると良かったのですが、いろいろと大人の事情がありまして…(笑)。
浅野智也(※)さんからこういうのをやりたいね、とアイデアを出していただいたのですが、やっぱり数的に全員は難しいな、と。
※株式会社スクウェア・エニックスに所属するゲームプロデューサー。本作でもプロデューサーを務めています。
ゲーム中で長く付き合うキャラクターを優先したいというのもあり、衣装替えは主要なキャラクターを中心に10キャラに絞ることになりました。
—— よく見るとコーレンティンの髪型が変わっていたり…。
森本 そうそう、そうなんです。本作の開発マネージャーである木村未来さんのお気に入りキャラクターの1人がコーレンティンで、髪の毛を束ねた姿も見たい、という声がありまして(笑)。衣装だけでなく髪もアレンジしたらおもしろくなりそうだな、ということでデザインしてみました。
ちなみにコーレンティンは衣装的にも豪華に見せやすいキャラクターだったので、クラスアップ時のデザインで困らなかったのを覚えています。
—— 逆に、制作時に苦労したキャラクターはいますか?
森本 グローマというおばあちゃんですね。
成人素体を使いながら、パッとを見た時におばあちゃんとわかる表現ってどうしたらいいのかな、と悩みました。体以外の部分で年齢を表現するというのがあまりなかったので、シワや肌の表現をいろいろと工夫しました。
最終的には、プロデューサーの新井靖明さんから「ドット絵界の老人表現の金字塔」とお褒めいただきました(笑)。
—— クラスアップ時のデザインは?
森本 浅野チーム(※)のデザイナーである吉浦利奈さんが武器を担当し、私は衣装を担当しました。
※浅野智也氏を中心とした、株式会社スクウェア・エニックス内のゲーム制作チーム。本作のほか、『オクトパストラベラー』や『ブレイブリー』シリーズなどを手掛けています。
キャラのイメージを壊さず、本作の世界観に合った衣装であること、でも目に見えて豪華になるというバランスで作っていきました。
浅野さんからは「ロランとフレデリカとベネディクトは華やかになったら嬉しい、セレノアは控えめな印象にしてほしい」と要望がありまして。クラスアップさせるので豪華にしなきゃいけないのに控えめにって難しいな、と(笑)。
そこで、じゃらっとした豪華なマントというよりは片方だけにかけるようなマントにし、セレノアにとっても縁のあるマクスウェルのマントと同じようなデザインを施しました。
—— ドット絵の総数は?
森本 全然覚えてないです(笑)。流れ作業みたいにずっと作り続けていた記憶しかないので、途方もない数だと思います。
ポーズが1個増えるとキャラ分の追加が必要になるアニメーション
—— アニメーションも豊富でしたが、「手を前に出す」といった共通の動きは流用しているのでしょうか?
森本 ベースのポーズを一通り描いておいて、それに沿って各キャラクターの衣装を上から描く感じです。
かなりキャラクターの多い作品なので、「汎用のポーズが1個増えるよ」と言われたら「わーっ」てなってました(笑)。
—— キャラそれぞれの個別アニメーションも魅力的でした。
森本 基本はプランナーさんからの仕様に沿って作っているのですが、細かい表現はアートディンクさんと各担当デザイナーの皆さまで考える場面もありました。
アニメーションの大半は外部の協力会社さまにお願いしています。
私は監修のような立ち位置でクオリティ面やキャラクターの性格に合っているかを確認し、ポーズはこうしないとゲーム的に都合が…などの仕様面は主にアートディンクさんが確認してくださっていました。
—— 個別のアニメーションはどのように作っていったのでしょうか?
森本 イベントに必要なものを洗い出して、優先度をつけて作っていきました。なるべく多くなるようにしつつ、スケジュールに間に合うよう数を絞りながら作っていきました。
—— 鷹使いも登場しましたが、鷹のドットや動きでの工夫はありますか?
森本 鷹って人型キャラに比べるとドットの面積が大きいんです。
イラストみたいに顔がかわいくなりすぎず、かといってリアル過ぎるとキャラクターと合わなくなってしまうので、特に顔と体の大きさのバランスに気をつけましたね。
アニメーションの方はヘカトンケイル(※)の西村将由さんに担当いただいたのですが、クォータービューという部分での角度の調整がとても難しくて話し合いを重ねました。鷹が羽ばたく動きの角度などにいろいろと注文を出してしまいつつも、元々が素敵な羽ばたきアニメーションだったというのもあって最終形はとてもすばらしいものになったと思います。
※デザインや販促を中心とする企画制作会社。本作では主にキャラクターアニメーションのドット制作に協力。
—— 動物繋がりで、RPG編に必ず登場する猫についてお聞かせください。
森本 本来猫を登場させる予定はありませんでした。
でも、私もそうですし、作り手のみなさんがすごく猫好きで。犬は物語的に登場させる必要があったというのもあり、「犬がいるなら猫もほしいよね」と雑談で盛り上がったんです。
ヘカトンケイルさんの方から「作りましょうか?」と提案があり、いつの間にか猫がいっぱいいる、みたいなレベルでたくさん作っていただきました(笑)。
シリアスな物語の道中ですし、寄り道の癒やし要素として作品の良い味になったかな、と思います。
アートディンクのデザイナーである古川絢子さんや中山康司さんとの雑談で「探索パートで、ストーリーが進むたびにベネディクトの周りにだんだん猫が集まってきてたらおもしろいよね」みたいな話で盛り上がった記憶もあります(笑)。
ドット絵が長く愛されるような手描きとツールの共存
—— 今後、ドット絵がどう発展していってほしいと望みますか?
森本 今後は手描きではなくて、3Dをレンダリングしてドット絵っぽくするなど、何かしらのツールで自動生成されたものも増えていくんじゃないかな、と思っています。
でも、ピクセル一つ一つに作り手さんの意図が込められた手描きのドットにも特有の味やクオリティはあります。
それぞれの技法のメリットが活かされ、さまざまなドット絵ゲームと上手く共存していくことで、ドット絵が多くの人に長く愛され続けてほしいな、と思っています。
また、HD-2Dといった新しい表現もエフェクトとかライティングがすごくキレイになってきているので、今後も進化し続けるHD-2Dがドット絵の世界をより魅力的に表現することを期待しています。
▼こちらの記事もご覧ください
© 2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.