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エレキコミック今立進の「ファミコン カセッ党」|第8回(最終回)1993〜1994年【ファミコン40周年記念コラム】

エレキコミック今立 進(いまだち すすむ)さんのファミコンの思い出、連載コラム第8回! ファミコン40周年を記念して始まった本連載もとうとう最終回!名残惜しいですが大団円! それではいってみましょう。今回は1993年〜1994年へとワープ!
そもそもファミコンとは? という方はこちらへ。

▼初めての方は自己紹介を兼ねた第0回からご覧ください!

第8回 1993年、格ゲーにハマり、ファミコンで遊んだあるソフト

どもっ、とうとう今回で最終回を迎える「ファミコン カセッ党」
毎月、書く時間なんて腐るほどあるのに、回を重ねるごとにズルズルと後ろ倒しになり、現在8月31日。切羽詰まらないとやらないのは昔からで、占い師・ゲッターズ飯田君から精神年齢が中2から成長してないと言われるだけあります。来年50歳になるというのにまったく変わらず、情けない限りのイマダチです。
 
さて、最終回・後編の今回は、皇太子と雅子さまがご結婚され、Jリーグが開幕し、まさおが「Jリーグカレー」を食べてラモス瑠偉になり(CM)、ドラマでは桜井幸子が「高校教師」で、江口洋介があんちゃんで「ひとつ屋根の下」、ワールドカップ予選「ドーハの悲劇」が視聴率48.1%を叩き出した1993年

イマダチ(以下ダチ)は高3に。部活のバレーボールも一生懸命やりましたが、結果は振るわず地区予選二回戦負けで早々に引退。バレーボール部の同期の◯野、佐◯木とショートコントユニット「トリオ・ザ・連立政権」を組んだのもこの時期でした。
ネタを考え、初めは部内だけで見せていたのですが、噂が広まり各クラスのお楽しみ会をハシゴするようになり、それを見た同級生たちがコンビやトリオを組み出して、まさかの“やる方のお笑いブーム”が起きたのでした。

ゲーセンでは『ストII』から続く対戦格闘ゲーム(以下格ゲー)が花盛り。その中でも私は「NEOGEO」(SNK)にハマりゲーセンに通う日々でした。
格ゲー好きだけど、対戦は苦手な私にとってNEOGEOの筐体は対戦台になっていなくて1人でCPU戦を楽しめるのでよくやりました。この年は『餓狼伝説スペシャル』『サムライスピリッツ』『ワールドヒーローズ2』など、新作も次々に出て興奮しましたねー。

家庭用機でも、スーパーファミコンで『ストII’ TURBO』が出て、国技館で全国大会をするくらいの盛り上がりを見せていました。そんな中、ファミコンでもこの年、本格的な格ゲーが出ていたことを知る人は少ない……と思っていたけど、今ではNintendo Switch Onlineで遊べるので、そこそこ知られてるかもしれない……その名は『ジョイメカファイト』(任天堂)。

ファミコンながら滑らかな動きと多彩な必殺技を完備し、ちゃんと格ゲーしていて感心しながら楽しんだのを覚えています。
あいかわらず、ひとりっ子の1人プレイなんですがCPU戦のクエストゲームもボリュームがあったし、ラスボス「ホウオウ」が強くて何度も挑戦しました。

ほかにも今ではお馴染みのコピー能力が初登場した『星のカービィ 夢の泉の物語』(任天堂)や、私のゲームクリエイターへの道を絶った「ロックマン」シリーズ(前回コラム参照)、ファミコン最後のソフト『ロックマン6 史上最大の戦い!!』(カプコン)も発売されました。

ファミコン発売から10年が経ち、ゲームの進化とファミコンのポテンシャルの高さを見せつけてくれたのが、この年のソフトたちでした。

1994年、ファミっ子たちも「スーファミっ子」に進化し、ファミコンの役目も終わりに近づく

そして、時は1994年。向井千秋さんが宇宙に飛び出し、イチローが210安打を叩き出し、安達祐実が「同情するならカネをくれ」で、「平成狸合戦」が「ぽんぽこ」な年。

この年、スーパーファミコンは勢いを増し、『スーパーメトロイド』(任天堂)や『ファイナルファンタジーVI』(スクウェア)などの名作が多数発売されました。
ファミっ子たちも「スーファミっ子」に進化し、ファミコンの役目も終わりに近づいていました。

ダチも大学生に転生し、12年通った学び舎から、八王子の山奥に通う日々が始まりました。
「落語研究会」に入り、1歳上の先輩「やついいちろう」と出会い「大学対抗お笑いリーグ」に出場→2年連続優勝→やつい先輩とコンビを組む→事務所に所属→芸人になる→なんやかんやあってニンドリで連載←イマココ となるわけです(w

そこらへんの話は相方が「それこそ青春というやつなのだろうな」(パルコ出版)で書いてるので興味ある方は読んでください。
では、こちらはファミコンの話続けます!

この年、ファミコンで発売されたソフトはわずか7本。
ディスクシステムのソフトをカセット化した『ゼルダの伝説1』(任天堂)や、シリーズをセットにした『ファイナルファンタジⅠ・Ⅱ』(スクウェア)など、ファミコンソフト最後の年を見届けるに相応しい先輩ソフトが締め括ります。
そして本当に最後のソフトが1994年6月24日に発売された『高橋名人の冒険島Ⅳ』(ハドソン)。
偶然なんでしょうが、ラストにファミコンのある種象徴ともいえる高橋名人というのも感慨深いですし、ファミコン最初のサードパーティである「ハドソン」で終わるというのも何だかグッときますね。

ファミリーコンピュータマガジン(ファミマガ)1994年vol.13より『高橋名人の冒険島IV』の記事

ダチもこの頃は、落研でネタを作り、ゲーセンでは『ヴァンパイア』(カプコン)でオルバスを使い、合間に『ずんずん教の野望』(セガ)をやり、家ではスーファミで93年に発売された『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』(チュンソフト)に激ハマり。
寝落ちして夢の中でゲームをしていて、トルネコがパン(満腹度を回復するアイテム)を食べてたと思って、起きたら机に食べかけのパン! ゲームをし過ぎてトルネコが現実に現れるという怪現象が起きたのでした(寝ぼけてただけ)。

1994年末には「プレイステーション」「セガサターン」の次世代機が登場し、その後スーファミも「NINTENDO 64」から「ニンテンドー ゲームキューブ」「Wii」、そして「Nintendo Switch」へと繋がり、現在に至るわけです。
そしてまだまだゲームの進化は止まらず、今は「Switchの後継機が?」なんて話も出ていて、これからも楽しみで仕方ありません。

これからもファミコンを愛し、最新ゲームも楽しみながら、その工夫と進化を見続けたい

そんなゲームがずっと好きなのも、ファミコンがあったからこそ。
自分の半生を振り返ってもファミコンがなければ、ひとりっ子の寂しさに負けてたかもしれないし、友達との会話も弾まなかったかもしれないし、いろいろな人と出会えなかったし、『絵描衛門』で挫折してなければ芸人になってないかもしれないし、そもそも、ファミコン40周年でこの連載をしていることもないでしょう(w

これからもファミコンを愛し、最新ゲームも楽しみながら、その工夫と進化を見続けたいと思います。
ここまで、怠惰で地味な芸人のファミコン史にお付き合いいただきありがとうございました。
これにて「カセッ党」は解党ですかね? 
次はファミコン50周年でまた結党します(笑)。その時、私は58歳。
党員……もとい読者の方々もお元気で、お互いに、いつまでもファミっ子の熱量で生活していきましょう。

さて、これからゲームはどうなることやら、続きはGO TO THE NEXT YEAR!


今立 進(いまだち すすむ)
お笑いコンビ「エレキコミック」のツッコミ担当。
毎週土曜日25時、TBSラジオ「エレ片のケツビ!」ほか、多数出演中。
ニンテンドードリーム本誌にて「イマダチススムのダウンロー堂」を連載中。▶︎ニンテンドードリーム刊行案内

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※一部の画像・動画は任天堂のサイトより引用しています。

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