[対談] ゲーム音楽の枠を超えた酒井省吾さんの新たな挑戦
『星のカービィ』シリーズや『MOTHER3』などの音楽を手がけたゲーム音楽家・酒井省吾さんが、ゲームとは違う世界に飛び込んだ! 新しい曲はどうなる!? 今の心境は? 音楽家・岩垂徳行さんを聞き手に迎え、ファミコン時代のエピソードから新曲の制作秘話まで、深〜く切り込んでいただきました。
※「ニンテンドードリーム」24年10月号 に掲載した記事を再編集したものです
ゲーム音楽界のベテランふたりによる“深い”音楽談義
酒井さんの新しい挑戦は、“弦楽四重奏”なのだとか。
(お披露目となる「クァルテット・エクセルシオ 定期演奏会2024」の公演情報は、記事の最後もご覧ください)
そこで、雑誌「ニンテンドードリーム」で連載をしており、ゲーム以外もさまざまな音楽活動をされてきた岩垂徳行さんが聞き手となって、これまでのことからこれからのことまで、たっぷりと語っていただきました!
[酒井省吾さん]
1960年生まれ。神奈川県川崎市出身。1987年データイースト入社。1996年よりハル研究所でゲームのサウンドに多数携わる。2023年よりフリー。
※さらに詳しい経歴は記事の最後をご覧ください
[聞き手:岩垂徳行さん]
1964年生まれ。長野県松本市出身。1990年ごろからメガドライブ、PCエンジンなどのゲームに楽曲を提供。代表作に『LUNAR』シリーズ、『グランディア』シリーズ、『逆転裁判』『逆転検事』シリーズなど多数。ゲーム音楽以外でも、東京ディズニーリゾートで流れるBGMや吹奏楽団「アークハイブ・フィルハーモニックウィンズ」での指揮・顧問など、幅広い活躍を続けている。
いろいろなご縁のおふたり
酒井 岩垂さんと初めてお会いしたのは、2008年の渋谷bunkamuraオーチャードホールで行われた「PRESS START(※1)」でしたっけ。僕は企画者のひとりだったので、そのときに初めて岩垂さんとお会いしたような気がします。
※1:酒井省吾さんとゲームデザイナーの桜井政博さん、シナリオライターの野島一成さん、作曲家の植松伸夫さん、指揮者の竹本泰蔵さんによるゲーム音楽コンサート。2006年から2015年まで毎年公演があり、メーカーや新旧を問わず、すばらしい音楽のゲームをチョイスしたオーケストラコンサート。
岩垂 初対面はそれより前の『スマブラX』の開発会議じゃないですか?
酒井 …あっそうだそうだ! 『スマブラX』のときに初めてお会いしましたね。岩垂さんのアレンジを聴いたときは感激しました。ブラスがきれいに縦に三度(※2)で積み上がる厚い音になっていて、こういうことをしっかりやってくれる人がいるんだ、と思って。
※2:音程間隔の離れた度数のこと。たとえばド、ミ、ソの音程間隔は三度音程で共鳴する。
岩垂 そんなことを思っていてくださったんですね、ありがとうございます。僕も酒井さんといえば『スマブラDX』のテーマ曲が思い浮かびますよ。うちの子供たちと遊びながら初めて聴いたときびっくりして「誰が作ったんだ!?」と思いました。あとから酒井さんの作曲だとお聞きして、やっぱりすごいなと。
酒井 ありがとうございます。
岩垂 『スマブラX』のあと「PRESS START」で再会したんですよね。当時は楽器の構成や、譜面の書き方でご迷惑をおかけしました。
酒井 いえいえ、とんでもないです。こちらこそいろいろ対応していただき助かりました。
岩垂 当時は打ち上げとかで少し話す程度だったんですが、そのあと街中でバッタリお会いしたり、東京ゲーム音楽ショーでブースが隣になったりして、だんだん仲よくなっていったんですよね。僕からすれば酒井さんはファミコン時代から活躍されているレジェンドだし、大御所・大先輩なので恐縮です。
酒井さん、すぎやま先生に意見する
酒井 (岩誰さんは)ファミコン時代には活動されていなかったんでしたっけ?
岩垂 ファミコンではやってなかったんですが、すぎやまこういち先生(※3)とはご縁があり、『ドラゴンクエスト』の音楽だけはよく聴いて知ってました。
※3 すぎやまこういち先生 ご存じ『ドラゴンクエスト』シリーズの音楽を手がけた大家。ゲーム音楽をオーケストラで演奏する公演を精力的に行っていた。ほかに中央競馬のGⅠファンファーレや、歌謡曲「亜麻色の髪の乙女」、アニメ音楽など作曲活動は多岐にわたる。2021年死去。
酒井 すぎやま先生と言えば、僕が『ヘラクレスの栄光Ⅳ』を担当したあとにデータイーストへ直接お電話いただいたことがあったんですよ。総務から「すぎやまさんという方からお電話です」と繋がれて、「はい酒井です」といつもの調子で受け取ったら「もしもし、あなたが酒井さんですか。初めまして、すぎやまこういちです」って言われて、もうびっくりしすぎて直立不動になってしまいましたね。
岩垂 それは…なりますね。
酒井 そこですぎやま先生から『ヘラクレスの栄光Ⅳ』の音楽についてお褒めの言葉をいただいて「渋谷公会堂で開く次のゲーム音楽コンサートでぜひ演奏させてください」と言われました。先生からは「指揮も編曲もこちらでしっかり用意して演奏しますので大船に乗ったつもりで」と言われたんですが、僕は「先生、お言葉ですけども編曲も指揮も僕にやらせていただけませんか」と返しちゃったんです。指揮なんてやったことないのに。
岩垂 やったことないのに!?
酒井 はい、そうなんです。過去に、ある指揮者の先生の鞄持ちをしていたことがあって、現場の進め方や指揮の心構えはあるつもりでした。でもリハ当日、指揮を振ってるとオケがだんだんゆっくりになっていって…止まっちゃったんですよ。
岩垂 聞いてるだけで震えますよ。
酒井 今では止まった理由も適切な振り方も分かりますが、当時は本当に困りました。そんな状況でもなんとか指揮を修正しつつ曲を通したんですが、最後にまた事件が起きてしまうんです。
岩垂 怖い!
酒井 木管楽器がフェルマータ(※4)で音を伸ばすなか、バイオリンからコントラバスまでの弦楽器がピチカート(※5)を一発「ボンッ」と鳴らして曲が終わるようにしたんです。ところがピチカートの合図を出すための指揮がうまくいかず「ボボボボンッ」と。
※4 フェルマータ:“音符を伸ばす”音楽記号。指揮が合図するまで、演奏者はその音を伸ばし続ける。
※5 ピチカート:弦を“ポンッ”と指ではじく奏法。
岩垂 確かにあれは難しいですよ。
酒井 今もトラウマなので、そういうのは書かないようにしています。当時もどうしようかと困り果てていたら、同演奏会で『ファイアーエムブレム』や『クロノトリガー』を指揮した小野崎孝輔さん(※6)から「野球ボールを投げるように振るんだ」とアドバイスをいただきました。
※6:歌謡曲の作曲・編曲からテレビ番組、映画の音楽を手がけている。酒井さんとともに指揮を振ったのは「オーケストラによるゲーム音楽コンサート5」。すぎやま先生が音楽監督を務めた。
岩垂 野球ボール!?
酒井 はい、野球のボールです(笑)。アドバイスどおり野球ボールを投げるように振ってみたら、なんとピチカートが揃いました。もちろんコンサートマスターやオーケストラのみなさまが合わせてくれたのだとは思うのですが、ひとまず揃ったことでオケから拍手をもらえて事なきを得ました。もちろん本番でも同じように投げましたね。
岩垂 よかった…。
初めてのオーケストラ編曲でお褒めの言葉をいただいた
酒井 なんとか終えたあと、元ヴィオラ奏者でもあるすぎやま先生の奥様から「あなたひとつもパート譜直さなかったわね。どこで勉強なさったの? 音の間違いがなくてすごいわねぇ」とお褒めの言葉をいただきました。実はすぎやま先生も、初めて指揮と編曲をする僕のことをかなり心配してくださっていたそうです。だからこそ奥様も気にかけてくださったんでしょうね。あのとき譜面に間違いがなかったことはかなり印象深かったらしく、それで今でも覚えていてくださっているみたいです。
岩垂 オケの現場は厳しいことも多いですからね。奏者はもちろん、すぎやま先生の奥様に褒められるのはすごいですよ!
酒井 プロオケは時間的な制約も厳しくて、リハーサルも1回か2回ほどで演奏を仕上げるぐらいの時間しか用意されていないんです。でも大抵、曲を通したあとは奏者から音に関する質問タイムが始まるじゃないですか。ところが僕の譜面は1回通したときに音が間違っている部分もないし、奏者からの質問もこなかった。これは鞄持ちをしていたとき、音に間違いがあると現場が混乱して大変なことになっていたのを目の当たりにしていたので、その経験から譜面を何度も見直した結果ですね。指揮者は初めてだったので大変でしたが、編曲者としては「初めてでここまで出来ていれば大丈夫」とひとまず合格をいただけて安心しました。
岩垂 リハよりも前に、まず奏者は譜面から印象を受け取りますもんね。
酒井 本当に何度も見返したかいがありましたよ。ゲーム業界にいるので、デバッグは得意ですから(笑)。
岩垂 その点、僕は間違いばっかりですからね。さっさと間違えてさっさと直す癖がついちゃってますよ(笑)。