[対談] ゲーム音楽の枠を超えた酒井省吾さんの新たな挑戦
バランスよく、4つの楽章を緩-急-緩-急にしました
岩垂 酒井さんの書いた新しい弦楽四重奏についてうかがいます。僕は一足先に聴かせてもらいました。酒井さんはモーツァルト(※15)が好きなので、モーツァルトに寄せるのかなと思っていたのですが、思ったよりRPGっぽい物語を感じました。
※15:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。ザルツブルク出身の作曲家。1756年生まれ。オペラ「フィガロの結婚」、交響曲第41番「ジュピター」、セレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など多彩なジャンルに600曲以上の作品を残す。
酒井 この曲は「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」(バルトーク・ベーラ)の緩急構成から影響を受けています。
四楽章構成で、一楽章はAndante、二楽章はAllegro、三楽章はAdagioで、四楽章はVivaceの緩-急-緩-急にしました(※16)。
※16 緩-急-緩-急にしました:第一楽章から順に、だいたい「ゆっくり」「速め」「ゆっくり」「速め」というテンポの構成となっている。
Andanteは「歩くような速さで」
Allegroは「速く」
Adagioは「ゆるやかに」
Vivaceは「活発に」という速度記号
酒井 モーツァルトに倣うと急-緩-急-急となりがちなので、自分にとってはバランスが悪いんですよ。
岩垂 バランスですか?
酒井 僕は酒井省吾という名前で、9月23日生まれの天秤座です。“さかい”(境)というのは物の境界線で、“しょうご”(正午)は午前午後の真ん中を指しています。9月23日は秋分の日で、昼と夜の長さがほぼ同じ日です。そして天秤というのはバランスを取りたくなるもの。そういう生まれだからね、バランスが悪いものが嫌いなんです。
岩垂 それはおもしろい(笑)。確かに不思議な並びというか、いわゆるモーツァルトやベートーヴェン(※17)などの古典的な並びではないと感じています。
※17:ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。ドイツの作曲家。1770年生まれ。代表曲に交響曲第5番「運命」、第9番(通称「第九」)など。
酒井 本当はモーツァルトに寄せたいと思っていたんですが、たぶん第一楽章が悪さをしていますね。僕的には第一楽章にAllegro(速く)を持って来られなかったところでもう「ダメだなあ」って思います(笑)。
岩垂 ダメではないですよ! でもほかの楽章にはモーツァルトっぽいところがたくさんありますね。
酒井 本当ですか? それはうれしいですね。第一楽章の冒頭はC#m7-5(※18)から始まるようになっていて、これは「交響曲第1番」(L.V.ベートーヴェン)を意識しています。Cの曲なのにG7から開始しているというのは、ベートーヴェンの時代からすると異質だったんですよね。でも現代では異質に聞こえないぐらいポピュラーになってるので、もっと異質にしたい! と思ってこうしました。C#m7-5からCに移行するのが僕の好きなパターンなので、これが曲の至る所に出てくるようになっています。つまり冒頭は、酒井省吾がこういう人間であると自己紹介するための序奏。おそらくこれが、モーツァルトっぽくない由縁なのかな。
※18 C#m7-5:シーシャープマイナーセブンスフラットファイブ(もしくはシーシャープハーフディミニッシュ)と読む。コードネームのひとつ。CやG7もコードのこと。
岩垂 確かにこの第一主題の出し方が、ゲーム音楽っぽいと感じました。いきなり象徴的なテーマが来て、そのあとマイナーになるメロディを聴いて「酒井さんは苦労したんだな」と感じたんです。物語やドラマがあるなと。
酒井 僕としてはもろにクラシックのつもりで書いたので、ゲーム音楽と言われたのは意外ですね。
岩垂 もちろんクラシックとしても成り立つんですが、聞いていて町や荒野などのフィールドが思い浮かびました。
酒井 ゲーム音楽としても聴ける!という言葉はうれしいですね。きっとゲーム音楽で僕の音楽に親しんでくれた人でも、違和感なく聴ける音楽になっていると思います。もしこの曲をゲーム開発者が聴いて「あの場面に使えないか?」と感じてくれたら…ご相談に乗りますよ(笑)。
第二楽章はRPGの冒険っぽい
岩垂 僕は最初、この弦楽四重奏は酒井さんの半生を表現していると思いました。自分の半生を一楽章で紹介して、二楽章Allegroでは「これから新しい冒険を始めましょう!」という印象です。
酒井 僕自身も、二楽章はちょっとRPGの冒険っぽいなと思いつつ書きました。
岩垂 フリーの作曲家になって、また新たな冒険をしようという決意なのかと思いました。
酒井 いろいろ汲み取ってくださるので、オケアレンジの際には岩垂さんにお願いしたいですね。
岩垂 それはぜひご自分で(笑)。そして、三楽章Adagio(ゆるやかに)ですが、僕はこの楽章にもっともモーツァルトやバッハ(※19)を感じました。
※19:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ。「音楽の父」とも呼ばれるドイツの作曲家。1685年生まれ。代表曲に「トッカータとフーガ」「G線上のアリア」「ブランデンブルク協奏曲」など。
酒井 三楽章は2日ぐらいで書き上げました。どの楽章よりも一番短い期間で出来上がったのに一番出来がよくて、やっぱりササっと仕上げたものほどいいものができますね。
岩垂 譜面を見ると高度なことがたくさん書かれているんですが、これはクァルテット・エクセルシオのように息が合うチームだからこそうまくいくような書き方になっていますよね。
酒井 特殊奏法も書いているので、いくつか説明をつけて奏者の方へお渡ししました。抑える指やポジションが違えば鳴り方も変わってしまうので、いい響きになるようなポジションがあればむしろ教えていただきたいし、説明書きにこだわらなくていいと伝えてあります。
岩垂 そういう意味でも、ゲーム音楽では書かない記号がたくさんあっていいですね。
酒井 ゲーム音楽だと、pp(※20)とかなかなか書けないですからね。
※20 pp:ピアニッシモ。音量を弱く演奏する記号「p」よりさらに弱く、という意味。
岩垂 そういうのはやはり生で演奏できる醍醐味ですよね。
酒井さんの「今」を表したような曲になった
岩垂 最後の楽章Vivace(活発に)について、僕はこの楽章はすごいわかりやすいなと感じました。もっとひねってもいいんじゃないかと思うぐらいです。
酒井 第一楽章の第一主題がここで再現される、いわゆる循環形式というやつです。ただ、そのままではなくテンポも拍子も変えるようにしています。
岩垂 ゲームのときは、音楽に慣れていない人のために転調とか使わないことが多いですよね。今回はお客さんにもわかる人が多いだろうし、「このフレーズ聞いたことある!」と感じられると思います。
酒井 わかりやすいですかね?
岩垂 わかりますよ! むしろわかりすぎるくらいです。
酒井 自分としてはわかるかなぁ? と思って書いていたので、岩垂さんがわかってくれてよかったです。
岩垂 曲の最後は少し笑ってしまいました。酒井さんの曲の次って、プログラム的にはベートーヴェンをやるんですよね?
酒井 はい、そうです。
岩垂 もうベートーヴェンにインスパイアされたエンディングというか、ここまでしつこくやるんだ! と思いました。まだ終わらない、終わらない、終わらない、という感じで。
酒井 もっと引き伸ばせましたけど(笑)。
岩垂 いや、十分ですよ(笑)。最後まで聴かせるところを作ってくれたなという印象です。
酒井 やっぱり拍手をもらいたいなと思って書いていますから。こういうところが商業音楽家の性というか、サービス精神が出ちゃう部分ですよね。
岩垂 ゲーム音楽みたいに物語を感じることもできるし、耳馴染みがいいので口ずさむこともできる。しっかりとクラシックで四楽章構成の、20数分ある大ボリュームな楽曲ではあるんですが、スルッと聴けてしまう。そういうところがいいなあと思いますね。
酒井 クァルテット・エクセルシオが所属する事務所の方に「どういう曲がいいですか?」とうかがった際、「再演される曲にしてください。今回の演奏会を聴いて、ほかの団体からも演奏したいと思ってもらえるような曲にしてください」と言われました。完成後に勝村さんへ音源を渡したところ「昨日受け取ってからもう10回ぐらいは聴いてます」という言葉をいただけてほっとしました。もう一度聴きたい、聴いてみようと思ってもらえる曲が作れた、という意味ではオーダーをクリアできたかなと思っています。
岩垂 確かに酒井さんなりの仕掛けがたくさんあるので、聴くたびに発見があるし、何回も聴き直して確かめたくなるんですよね。酒井さんらしく音で遊ぶということを今回の曲でもやっているし、情景も作り込まれていると感じます。
酒井 情景は岩垂さんの感受性によるところだと思いますよ! 僕はまったく考えてなかったです(笑)。
岩垂 そうかなあ? でもラストのほうなんかはもう、スキップしているようじゃないですか。まさに今の酒井さんを表している曲だと思いますよ。
酒井 確かに自分を表しているところはあると思いますね。
この曲のタイトルは?
岩垂 僕は四楽章構成の曲を書いたことがないですが、これを書き上げることは本当にすごいことだと思います。
酒井 演奏しやすいように、譜めくりとかもこだわりました。奏者として譜面に求めることって、音に間違いがないことと譜めくりができる譜面であること。要は演奏に支障が出ない譜面であることなんですよね。
岩垂 譜めくりは本当に大切な部分ですよね。僕はさんざん譜めくりできない譜面を作ってきましたけど(笑)。そういえば、この曲にタイトルはあるんですか?
酒井 いや、なにも考えていないですね…。「弦楽四重奏ト長調」ぐらいしか思いつかないです。岩垂さんからのアイデアはありますか?
岩垂 ダメですよ! 僕がつけると「半生と反省」になっちゃいます(笑)。
酒井 タイトルか…思いつかないなあ…。
岩垂 本番までの宿題として曲にはタイトルをつけてほしいなぁ。
酒井 でもプログラムの印刷は、もう弦楽四重奏とかストリングスカルテットっていうタイトルで進んじゃってるんじゃないかな。
岩垂 えー! きっと間に合いますよ。たぶん! さっきの天秤座とかの話から連想してみるのはどうですか?
酒井 「午前と午後」みたいな感じですかね(笑)。考えておきますね。
今回の酒井は本気だぞ 自分の音楽を聞いてほしい!
岩垂 今回の曲は11月1日に東京で世界初お披露目。11月6日の京都でも演奏が決まっています。その意気込みを教えてください。
酒井 自分はゲーム音楽に育ててもらった、という感謝の気持ちが強いです。その一方で、クラシックからもたくさんの栄養をもらっています。どちらを好むお客さんにも楽しめるような曲を作ったと自負していますので、ニンドリの読者さんにもぜひお楽しみいただきたいです。
岩垂 最後に読者のみなさんへなにか一言ありますか?
酒井 岩垂さんから感想をいただいたおかげで、今回の曲は酒井がこれまで手がけてきたゲーム音楽に近いテイストを持っていた、と第三者の目を通して知ることができました。音楽に慣れていない方は知らない曲を聴くことに不安を感じることもあると思うんですけども、だからこそこの曲にゲームを感じることができるのか、聴いて試してみてほしいと思います。
岩垂 絶対に感じ取れますよ!『ヘラクレスの栄光』や『MOTHER3』が好きな人にもぜひ聴いてほしいです。
酒井 今まで自分は会社の中に所属した開発者として、発信すること、宣伝的なことは避けるようにしていました。しかし、今回の弦楽四重奏については、みずから発信するよう心がけています。つまり今回の酒井は本気だぞ、奥ゆかしさも恥ずかしさもかなぐり捨てて自分の音楽を聴いてほしい! という、心からの願いがありますので、ぜひお越しください! よろしくお願いします!
岩垂 ありがとうございました!
酒井省吾さんの経歴
▶︎1987年、データイースト入社
ドナルドランド(FC・1988年)
ヘラクレスの栄光Ⅱ タイタンの滅亡(FC・1989年)
超人狼戦記WARWOLF(FC・1990年)
ミッドナイトレジスタンス(MD・1990年)
ヘラクレスの栄光Ⅲ 神々の沈黙(SFC・1992年)
ヘラクレスの栄光Ⅳ 神々からの贈り物(SFC・1994年)
▶1996年、ハル研究所入社
大乱闘スマッシュブラザーズDX(GC・2001年)
【イベント】大乱闘スマッシュブラザーズDX オーケストラコンサート(2002年)
カービィのエアライド(GC・2003年)
MOTHER3(GBA・2006年)
【イベント】PRESS START(2006〜2015年)
大乱闘スマッシュブラザーズX(Wii・2008年)
カメラであそぶ 顔グライダー(DS・2010年)
あつめて!カービィ(DS・2011年)
引ク押ス(3DS・2011年)
タッチ!カービィ スーパーレインボー(Wii U・2015年)
はたらくUFO(スマートフォン・2017年)
【イベント】星のカービィ 25周年記念オーケストラコンサート(2017年)
【作曲】前川清「初恋 Love in fall」「それは、ラララ」(作詞:糸井重里・2018年)
【作曲】書籍「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた」PVのBGM(2019年)
【イベント】星のカービィ 30周年記念ミュージックフェス(2022年)
▶︎2023年、フリーに
【イベント】SFC『イーハトーヴォ物語』30周年コンサート 指揮(2023年)
【イベント】MOTHERのおんがく。 登壇(2024年)
【イベント】SFC『ヘラクレスの栄光Ⅳ』コンサート 登壇(2024年)
【作曲】クァルテット・エクセルシオ30周年記念 委嘱作品(2024年)
クァルテット・エクセルシオ 定期演奏会2024 公演情報
酒井さんが書き下ろした弦楽四重奏、世界初演は東京と京都で11月! ぜひ下記をご参照ください。当日はプレトークや、物販もあるみたいですよ…!?
※チケット購入は、ミリオンチケットでお申し込みもしくは各お申し込み受付にご連絡ください
第47回東京定期演奏会
2024年11月1日(金)
東京文化会館 小ホール(東京・上野)
19:00開演(18:15開場。18:30より酒井さんが登壇するプレトークあり)
自由席:4000円(込)
▶︎ [公式サイト] 第47回 東京定期演奏会
※東京公演のチケットは既にイープラスでの発売期間を終えています。現時点ではミリオンチケットと東京文化会館チケットサービスでの受付となります(ミリオンチケット TEL.03-3501-5638 / 東京文化会館チケットサービス TEL.03-5685-0650)
第20回京都定期演奏会
2024年11月6日(水)
京都府立府民ホール アルティ(京都・上京区)
14:00開演(13:20開場。13:30より酒井さんが登壇するプレトークあり)
自由席:一般 3000円(込)、シニア(60歳以上) 2000円(込)、学生 1000円(込)、ペア 5000円(込)
▶︎[公式サイト] 第20回 京都定期演奏会
※京都公演のチケットは、ミリオンチケット、エラート音楽事務所、アルティで取り扱いしています
(ミリオンチケット TEL.03-3501-5638 / エラート音楽事務所 TEL.075-751-0617)
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