マンガ「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」完結記念 姫川明インタビュー前編
まっすぐで王道なヒーローの成長を、真剣に向き合い描く
リンクの成長と王道を描く
—— 作品の中で、リンクがとても人間らしく描かれていると感じました。
本田 今回は長期連載でしたので、リンクの人間的成長を時間をかけて描き込むことができました。「トワプリ」のリンクは等身大の青年に近いです。原作のゲームでは、戦いや試練を乗り越えてリンクの成長を描く要素が、しっかりありますよね。そこにさらにドラマを背負わせる事で、読者にキャラクターや物語により入り込んでもらうのがマンガの役割になります。
—— 確かに表紙のリンクの顔を見ると、巻を追うごとに、勇者としてだんだんと成長してるのを感じます。
本田 リンクの成長過程が顔つきの変化に現れるように、意識して描いていましたが、ストーリーの中でその成長や葛藤をどこまで等身大に表現していいのか、さじ加減にはすごく悩みました。
—— それでもリンクらしさはしっかりありました。
長野 『ゼルダの伝説』はどの作品も王道なストーリーです。『トワイライトプリンセス』はダークファンタジーだけれども、リンクというキャラクターには、やはり王道な成長するヒーローという描き方が正解だと思います。
本田 王道を真剣に描くということは、実は難しいことで、作家にもある程度の人生の経験値が必要なんですね。最近のマンガのヒーロー像とは少し違うかもしれないけど、ゲームを開発してる皆さんと私たちは世代が近いので、思い描くヒーロー像には共通した感覚もあると思うんです。リンクみたいなストレートなヒーロー像って、実は今どきの日本のマンガでは珍しいかもしれません。
—— 世代を超えたヒーロー像って難しそうですね。
本田 あのリンク像は「今」だからこそ描けたというのも大きいと思いますよ。
16年前に発売されたゲームなんだけれども、2016年から2022年までの今に描いたことが「トワプリ」はとても合っていたのかも知れないというか…。マンガは時代的な感覚を取り入れる、ということはとても大事で。現代の日本で求められているマンガの需要とは必ずしも同じじゃないかも知れないけど、そんな気がしています。
長野 実は、2006年当時も学年誌での連載に向けていろいろ考えていたことはあったんです。その時に考えていた「トワプリ」のリンク像というのは、ゲームの方でのアートワークの印象から、クールなお侍のような、もっと大人っぽいキャラクターを想像していました。「トワプリ」を描き始めた時にも最終的にはこういうリンクになるんじゃないかと考えてはいました。でも実際6年間かけて描いてみると…だいぶ顔つきが違いましたね…。結局そのリンク像は、2011年に発売された「ハイラル・ヒストリア ゼルダの伝説 大全」収録のマンガに受け継がれました。「トワプリ」リンクは等身大なふつうの青年という感じがしています。
—— 「ハイラル・ヒストリア」で描かれたのは『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』の前世のリンクでしたね。
本田 女神にも楯突くような、クールで武人のようなリンクは、読み切りだからこそ描けた感じでしたね。既に達観者のような感じでしたし。
恐怖の本質を体現するダークリンク
—— 6巻以降に登場するダークリンクが出てきてから、作品の雰囲気がぐっと変わりましたね。
本田 ダークリンクの存在は、リンクの恐怖心というものをわかりやすい形にして描いています。恐怖や闇は「トワプリ」の中ではひとつの核心的なテーマなんです。
リンクの恐怖心というのは、ダークリンクが登場するよりも前からたびたび描いているんですよ。「恐怖心の正体とは、自分の中で生み出したまやかしである。目の前の敵(ダークリンク)を倒したつもりが、自らの手で己を突き刺していた。己の生み出した恐怖心で、自らを殺してしまった」…といった意味合いを、マンガの表現で描いています。
—— あのダークリンクにはゲームとは全然違う怖さがありました。
長野 マンガの物語を仕立てる上で、ゲームのエッセンスをどう出すのが効果的なのか、というのは常に考えています。ダークリンクというキャラクターを出さない手はないですよね。「挫折」という等身大の人間の成長プロセスを描く上で、有効だと考えましたね。
本田 ふつうの青年が、マスターソードというとても強大な力を手にした時にどうなるのか、その時に自分の中に何が生まれるか、それは人それぞれだと思うんです。欲に駆られたり、そのまま悪になってしまったり…。
—— 姫川先生が思う「トワプリ」のリンクという青年は…?
本田 「トワプリ」のリンクって基本的に「いい子」ではないだろうなと思っています。彼が、世界を救うとか、勇者になるとか、大きな使命を背負わされた時に、すんなり現実を受け入れるだろうか? と思いました。調子に乗ったり反抗したり、力に思い上がったりもするだろうと考えたんです。
—— 品性高潔ではないというか、ちょっとヤンチャな印象はありますよね。
長野 でもリンクは「真面目な青年」です。それがふつうの人とは明らかに違う大きな使命を背負わされたとき、どういう過程で勇者になっていくのかを丁寧に描く必要がありました。
本田 その過程は、「古の勇者」が登場する効果的なタイミングでもありましたね。
大人の理解者である古の勇者
本田 まだ人生経験の浅い青少年が挫折して、1人だけで這い上がるというのは難しいと思うんですよ。もう一段階、人として大きな成長をする時、それを人生経験のある大人がサポートしてあげる必要があると思いました。
—— 勇者になる使命、そんな境遇はなかなか簡単には理解されないでしょうね。
本田 古の勇者は、かつて異なる時代でハイラルを救った、という特別な使命を経験した人ですから、彼ほどに勇者になる苦しみを理解できる人物はいないですよね。これも元々ゲームの中で生きている設定ですが、マンガのどこで一番生かせるかを最後まで考えながら描いていました。
—— ゲームではそこまで明確には描かれていませんが、マンガの「古の勇者」はとても深みのあるキャラクターでした。
本田 『トワイライトプリンセス』は、要素の整理が特に難しい作品だと思います。ゲームに直結させつつも、どう生かせるかをまとめるためにいろいろ模索しましたね。
影の中から見出す 光や救いを描きたい
—— 単行本の6〜7巻は特に哲学的な部分と、『ゼルダ』ファンの喜ぶ要素の描き方が本当に絶妙だと思いました。
長野 描いていて一番楽しかったのが6〜7巻ですね。コテンパンにされて挫折した主人公を立ち上がらせる展開を描くというのは、実は漫画家として描いていておもしろい部分なんですよ(笑)。マンガとしてクリエイトするにあたって、やっぱり自然と考えが浮かんでくる部分、初めて描く部分を表現するのが、何より一番楽しいですから。
本田 かっこいいヒーローの強い一面だけを描くのはもったいないですよね。ヒーローが苦しみ、ボロボロになっていく様子は、なにか特別に惹かれる美学がありますから。でも、厳しいことばかりではなく、その先で待っている光を描き、救い上げることもしっかり描く。
—— ゲームでもリンクって感情移入できる主人公ですよね。
本田 マンガでもリンクと自身の心境を重ねる読者さんはいます。悩んでいる中で7巻を読んでいて癒された、自分の中でも答えを見つけたという言葉をいただくことがありました。
—— すごくわかる気がします。
本田 学年誌の頃から読んでくれている読者さんの多くは、当時小学生だったけど、大人になって現在は30歳を越えているという方が多いのかなと思います。ちょうど人生に大きな迷いが出てくるような年代なんですよね。おもしろい・理解できる、というだけではなく、優しさや愛などを描き、読んでいる人の気持ちを救ってあげるような作品を描かなくては、という作家として思いは常にあります。
—— 姫川先生のコミックは心の交流がとても丁寧に描かれていると思います。
長野 描き方のベースは少年マンガという意識はありながらも、「ゼルダ」は中性的な感覚の作品だと思っています。派手なアクションシーンを描きつつも、気持ちに寄り添えるような優しさを入れるなどの意識はしています。
本田 リンクのかっこよさは、経験を得ながらだんだん成長していくようなところですね。最初から優しくて強い、王子様のようなかっこいい男の子では、決してないかなと思っています。